道の草を食う

主に自分用のメモです。たまに見返して手を入れます。

論文メモ:Taylor, TL. 2002. Living Digitally: Embodiment in Virtual Worlds.(追記 2021年10月19)

In Ralph Schroeder (ed) The Social Life of Avatars: Presence and Interaction in Shared Virtual Environments. pp. 40-62. Springer.

 

まとめ

本論文は、論文集「Social Life of Avatars」に収録されており、1990年代から主流になりつつあったグラフィカルなヴァーチャル世界における「アバター」に焦点をあてている。アバターとはユーザーがゲーム世界で様々な活動を行うための「絵画的な構成物」であり、Taylorによれば、「アイデンティティと社会生活をつくりだすためのアクセスポイント」として機能しているのである(p. 40)。

ヴァーチャル空間においてアバターがどのようにそうした手段を提供しているのかを明らかにするため、TaylorはThe Dreamscapeという非常に古いグラフィカルなマルチ・ユーザーのシステムに注目する。The Dreamscapeでは三人称視点から操作を行うほか、様々なコマンドを用いて実際にアバターを動かしてコミュニケーションをとることもできる。Taylorはおよそ2年に渡ってこのシステムをフィールドワークし、数百時間に及ぶ参与観察のほか、デザイナー、ユーザーの双方にインタビューを行った(p. 41)。

Taylorによれば、意図的な発話によってしか存在が現前しないテキストベースのヴァーチャル世界と異なり、グラフィカルなヴァーチャル世界では、アバターが存在するだけで自己と他者に対して現前しているという点が大きく異なる。このことはユーザーの身体感覚にまで接続されており、アバターの境界が侵害されたときには強い不満感情を抱き喧嘩になることもある(pp.43-44)。もちろんアバターは初めから身体化されているわけではなく、アバターを用いて様々な社会活動に参加することにより、少しずつ自分自身のものであると感じるようになっていく。このようなアバターの身体化は、しかしシステム上の問題や制限によってさまざまに阻害される。

アバターはそのほか、様々な意思表示やコミュニケーションに用いられるほか、外見を操作することによってグループへの所属関係やアイデンティティを示すことにも用いられる(p.47)。こうした活動の中でもユニークなもののひとつに、ボディ・スワッピングと彼が呼ぶものが存在する。The Dreamscape上では頭と体が分離して扱われており、それぞれ購入することによって交換することができる。ボディ・スワッピングは、別に身体や頭を購入する代わりにグループで自分たちの体を交換し合うイベントであり、Taylorによれば「ジェンダーのあからさまな実験が正当な活動として見られる数少ない社会的空間のひとつ」である(p. 49)。

また、アバターはオンライン上で行われる様々な性的な活動にも用いられているが、公式に許可されていないことからそうした活動は非常に創造性に富んだ活動となっている。人々は本来そのためには用意されていないモーションを工夫して用いることで、性的な活動を行っているのである。Taylorはこのような「精巧かつ創造的な遊び」が行われる理由を、「この環境において喚起される経験とプレゼンスが強力だからである」とまとめる。

アバターはまた、アイデンティティの構築にも寄与している。ユーザーは規定のアバターを使う中で自分と類似したアバターに出会うことで、少しずつアバターをカスタイマイズしオリジナルなものへとつくりあげていく。それはその他のユーザーに対して識別しやすくさせるという機能的な効果もあるがそこにはとどまらない。アバターは長い時間をかけてアイデンティティと結び付けられていくが、一度そうなると今度は変更したときに大きな違和感を伴うようになる。ユーザーの中には、アバターを物理的な世界における身体よりも自分らしい存在と感じるようになる人もおり、また、あえて距離をとり実験的にアバターを用いている人もいる。アバターの構築やロールプレイは、演じている自己を振り返ることによる一種の長期的な自己探求であり、自己の再構成ですらある(p. 56)。

アバターの構築をユーザーが熱心に行っているにも関わらず、「アバターにはある程度自律的である」という印象は一般的である(p. 56)。アバターはユーザーの外側に根を張っており、いくらコントロールしようとしてもその通りにはいかない。このように物理的な身体とデジタルな身体はそれぞれ自律しているが、この二つをどのように調停するのかということはユーザーにとって大きな課題である。アバターを自分自身の延長線上にあると感じるところから、自分とは異なると感じるところまで間を、ユーザーはしばしば行き来しているのである。

Taylorによる本論考は、コミュニケーションや言説を中心に分析されてきた従来のヴァーチャル世界の研究に対し、アバターに注目することでより身体的な次元から考えることを可能にしたという点で重要である。ここで展開されている考察は、同じくグラフィカルな存在であるVRCにおけるアバターやその身体化を考えるうえで足がかりとなる部分が多い。

一方、本論考はフィールドの報告に終始しており、先行研究との関連付けや概念の定義などにあいまいな点が見られる。特に本研究のサブタイトルともなっている「Embodiment」の定義が十分になされているとはいえない。ヴァーチャル世界をめぐっては多くの研究領域がそれぞれ異なった意味で「Embodiment」概念を用いており、今後取り扱っていくうえでは慎重になるべきと考える。

 

 

その他Taylorの著作:アバター・仮想世界関連(追記分)

  1. Taylor, T. L. “Life in Virtual Worlds: Plural Existence, Multimodalities, and Other Online Research Challenges.” American Behavioral Scientist 43, no. 3 (November 1999): 436–49. 
  2. Taylor, T. L. " Whose Game Is This Anyway?": Negotiating Corporate Ownership in a Virtual World. In: CGDC Conf. (2002).
  3. Taylor, T. L. "Intentional bodies: Virtual environments and the designers who shape them." International Journal of Engineering Education 19, no. 1 (2003): 25-34. 
  4. Taylor, T. L. "Power games just want to have fun?: instrumental play in a MMOG." In DiGRA Conference. (2003).
  5. Taylor, T. L. "The Social Design of Virtual Worlds: Construction the User and Communitiy Through Code" In M. Consalvo et. al. (eds), Internet Research Annual Volume 1: Selected Papers from the Association of Internet Researchers Conferences 2000-2002. New York: Peter Lang, (2004): 260-268. 
  6. Taylor, T. L. Play Between Worlds: Exploring Online Game Culture. The MIT Press, (2006).
  7. Taylor, T. L. "Pushing the borders: Player participation and game culture." Structures of participation in digital culture (2007): 112-131.
  8. Taylor, T. L. "Becoming a player: Networks, structure, and imagined futures." Beyond Barbie and Mortal Kombat: New perspectives on gender and gaming (2008): 51-66.
  9. Taylor, T.L. “The Assemblage of Play.” Games and Culture 4, no. 4 (October 2009): 331–39.

 特に、2006年の著作「Play Between Worlds」は幅広く参照されている古典の一つ。また、Callon, Latour, Woolgarらへの言及も目立ち、ANTの手法をゲーム研究へ導入することを試みた「The Assamblage of Play」も個人的には注目に値する。最近はesportsや、ゲームの実況などへとテーマを変えている模様。